GOCHANの日記

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江戸東京博物館を訪ねる①

両国の「東京都江戸東京博物館」は約4年間の大規模改修を経て、今年2026年3月31日にリニューアルオープンしました。建築家・重松象平氏(OMA)監修のもと、設備更新だけでなく、実際に「中に入れる」大型模型の追加やデジタル演出を取り入れた「没入型ミュージアム」へと大きく変化しているそうです。今回は、あまり滞在時間が取れませんが、駆け足で観ていきたいと思います。

江戸東京博物館全景

 

大江戸線の両国駅からエレベータで地上に出て(A3出口)、江戸東京博物館の横をJR両国駅方面の入口に向かいます。

 

大きな建物です

この大きな階段を登らず、小の角を左折すると、「北口」です。

チケットを購入し、エレベータで常設展示室の6階に向かいます。

 

エレベータの途中で、帰路のエスカレータが見えました

6階に到着。入場ゲートを入って、日本橋を渡って「江戸ゾーン」に行きます 正面に見えるのは、服部時計店
常設展示室の構成
江戸ゾーン 

東京ゾーン

E1 江戸城と町割り 

T1文明開化東京

E2町の暮らし 

T2 開化の背景

E3 出版と情報 

T3 産業革命と東京

E4 江戸の商業

 T4 市民文化と娯楽

E5 江戸と結ぶ村と島 

T5 関東大震災
E6 江戸の四季と盛り場  T6 モダン東京

E7 文化都市江戸 

T7 空襲と都民
E8 江戸の美  T8 よみがえる東京
E9 芝居と遊里  T9 高度経済成長期の東京

E10 江戸から東京へ 

T10 現代の東京

     

1590年(天正18)、関東に入った徳川家康は江戸を本拠地とし、1603年(慶長8)に征夷大将軍となると、この地に幕府を開きました。家康は、江戸を幕府の所在地にふさわしい都市とするため開発を進め、日本橋を中心に堀や道を設け、江戸城の周囲に武家や町人、寺社などの居所を定めた「町割り」を行いました。

常設展示室の入口となるこのコーナーは、実物大で復元した日本橋から始まります。渡ったその先には、寛永時代の町人地や大名屋敷、幕末の江戸城御殿を縮尺模型で復元、江戸城を中心とした町割りの様子を見ることができます。その他、将軍家や大名家に由来する歴史資料の数々も展示しています。

橋から見た、歌舞伎中村座

E1 江戸城と町割りのゾーンに入ります。

日本橋周辺の商業エリアの町並み

綺羅びやかな振袖

寛永期の武家地の様子

江戸城の模型 
本丸御殿の大広間、松の廊下、白書院などの部屋を精巧に再現しています。周囲には当時の街並みや大名屋敷も展示されており、江戸時代の様子を見ることができます。

模型は、江戸時代の本丸、二の丸御殿、富士見櫓、大手筋の門などを詳細に再現しています。二の丸と三ノ丸の間にあった堀の様子も再現されており、当時の規模感を知ることができます。

江戸城本丸御殿の模型です。
模型では、煌びやかな金銀の装飾が施された大名屋敷の門や大広間が再現されています。このエリアは、明暦の大火で消失した寛永時代の豪華な大名屋敷の様子を伝えています。

江戸時代の豪華な「女乗物(おんなのりもの)」、いわゆる大名家や高位の武家女性が使用した最高級の駕籠(かご)です。男性が使用する実用的な駕籠に比べて非常にきらびやかで、「動く御殿」と評されるほどの格式を持っいます。

時の鐘 

江戸には〈時の鐘〉があり、これによって人々はおよその時刻を知ることができました。鐘撞役かねつきやく辻源七つじげんしちの由緒ゆいしょによれば、当初江戸城内にあった〈時の鐘〉は、1626年(寛永3)に日本橋本石町三丁目の200坪余りの土地に移転されました。この鐘撞役は、〈時の鐘〉が聞こえる範囲にある町の住人から、1か月銭4文ずつの〈鐘役銭かねやくせん〉を徴収する権利をもち、これが〈時の鐘〉の運営資金となりました。その後、市街の拡大とともに〈時の鐘〉の数もしだいに増加していきました。この資料は本石町時の鐘の複製です。

 

続く・・・