GOCHANの日記

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柴又を散策する(2 柴又帝釈天)

柴又帝釈天(正式名称は経栄山題経寺)は、東京都葛飾区にある日蓮宗の寺院で、1629年に開創されました。18世紀末に帝釈天の信仰を集めるようになり、庚申信仰とも関連して多くの参詣者が訪れました。近代では夏目漱石の小説や映画『男はつらいよ』で有名になり、観光名所として賑わっています。本尊は帝釈天ではなく大曼荼羅であり、柴又七福神毘沙門天は別の尊格である多聞天を指します。

京成電鉄柴又駅前から参道が伸びている。参道の両側には名物の草だんごや塩せんべいを売る店、老舗の川魚料理店などが軒を連ねています。参道の突き当たりに二天門が建ち、正面に帝釈堂、右に祖師堂(旧本堂)、その右手前に釈迦堂(開山堂)、本堂裏手に大客殿などが建つ。境内はさほど広くなく、建物は大部分が明治以降の建築であります。二天門、帝釈堂などは彩色を施さない素木造のため一見地味に見えるが、細部には精巧な装飾彫刻が施されています。

二天門は、明治29年(1896年)の建立。入母屋造瓦葺の楼門(2階建て門)で、屋根には唐破風と千鳥破風を付す。柱上の貫などには浮き彫りの装飾彫刻を施す。初層左右には四天王のうちの増長天および広目天の二天を安置し、門の名はこれに由来する。二天像は平安時代の作とされ、門の建立時に同じ日蓮宗妙国寺大阪府堺市)から寄贈されたものです。

帝釈堂は、二天門を入った境内正面にあります。手前の拝殿と奥の内殿から成り、ともに入母屋造瓦葺で、拝殿屋根には唐破風と大ぶりの千鳥破風を付す。内殿は大正4年(1915年)、拝殿は昭和4年(1929年)の完成。内殿には帝釈天の板本尊を安置し、左右に四天王のうちの持国天多聞天毘沙門天)を安置します(四天王の残り2体は二天門に安置)。内殿外側には全面に浮き彫りの装飾彫刻が施されています。

帝釈堂内殿の外部は東・北・西の全面が装飾彫刻で覆われており、中でも胴羽目板の法華経説話の浮き彫り10面が著名であります。これは法華経に説かれる代表的な説話10話を選び視覚化したもので、大正11年(1922年)から昭和9年(1934年)にかけて、加藤寅之助ら10人の彫刻師が1面ずつ分担制作しました。この羽目板の上方には十二支と天人、下方には千羽鶴が表され、高欄(縁)より下の部分には花鳥および亀を浮き彫りで表す。これらの彫刻を保護するため、内殿は建物ごとガラスの壁で覆われ、見学者用の通路を設け、「彫刻ギャラリー」と称して一般公開しています(「彫刻ギャラリー」と大客殿、庭園の見学は有料)。

柴又帝釈天を後にして、柴又公園方面に向かいます。